#14 人口規模に依存しない経済を作るには? – 日本経済復活のための5つの戦略〈3〉

前回の記事では、内閣府[1]や総務省[2]の統計データより作成した分析結果に基づき、【戦略②】「全国で新規事業を立ち上げて売上を伸ばし続ける」に焦点を当てて、その有効性と課題を検証した。
結果として、今後の急激な人口減少を加味した現実的なGDP推計と、現状の成長ペースに基づく「名目GDP単純推計」との間には、極めて大きな差があることが分かった(632兆円)。この差は生産性向上だけでは到底埋められず、ではその分を新規事業開発で全て埋められるかというと、さすがにそれは想像し難い。
人口推計の的中率は99%を超えるため、急激な人口の縮小は避けられないことを前提とすると、「【戦略③】革新的な技術で人口に頼らない経済の仕組みをつくる」ことを真剣に考えることが必要であろう。
本記事では、人口が少ないにもかかわらず、1人当たりのGDPで見れば日本よりも豊かな国々について分析し、日本への示唆を得ることとしたい。
日本経済復活のための5つの戦略
- 【戦略①】とにかく生産性を上げ続ける
- 【戦略②】全国で新規事業を立ち上げて売上を伸ばし続ける
- 【戦略③】革新的な技術で人口に頼らない経済の仕組みをつくる← 今回の記事
- 【戦略④】海外への資金流出を減らして国内の生産を増やす
- 【戦略⑤】海外市場の成長を自社の成長につなげる
【戦略③】革新的な技術で人口に頼らない経済の仕組みをつくる
「人口が急減するからもはや経済成長は望めない」──この懸念は、国際比較の視点から見れば必ずしも正しくない。世界には、人口規模が小さくとも、一人あたりGDPや労働生産性で世界トップクラスの水準を誇る国々が存在する。これらの国々は、資源や偶然に頼るのではなく、技術革新、それを支える制度設計・人材育成・国際統合といった戦略的選択によって「小さくても強い経済」を築いている。
本稿では、人口が少ないにもかかわらず高い生産性を実現している国々の特徴を整理し、日本─特に地方都市や地域経済─がそこから何を学び、どう応用できるかを考察する。
① 高生産性を誇る小国の代表例
2024年時点で、一人あたりGDPが高く、人口が比較的少ない国々を以下に示す。
これらの国々は、人口の少なさを制約ではなく、技術革新とそれを支える柔軟な制度設計、集中投資によって「強み」に転換している。わかりやすさのために1人あたりGDPについて、日本を「1」として比較すると、単純に日本よりも生産性が2~3倍程高いことが分かる。
図表1:高生産性を誇る小国と日本の比較表(2024年推定)
国名 | 人口(概算) | 一人あたりGDP(USD) | 日本との比 | 主な強み・特徴 |
---|---|---|---|---|
日本 | 1億2400万人 | 35,390 | 日本を1とする | 製造業、技術力、成熟市場、人口規模の大きさ |
ルクセンブルク | 65万人 | 132,474 | 3.74倍 | 国際金融、税制優遇、EU中枢機能 |
アイルランド | 500万人 | 107,862 | 3.05倍 | IT・製薬産業、データセンターハブ、多国籍企業誘致、英語圏+EU加盟 |
ノルウェー | 540万人 | 79,163 | 2.24倍 | 石油・ガス、再生可能エネルギー、養殖産業、福祉国家 |
シンガポール | 580万人 | 72,000(推定) | 2.03倍 | 貿易・金融ハブ、デジタルインフラ、都市国家 |
デンマーク | 590万人 | 64,877 | 1.83倍 | グリーンテック、福祉制度、教育・労働効率 |
スイス | 870万人 | 76,074 | 2.15倍 | 精密機械、製薬、金融、高教育水準 |
② 小国の高生産性を支える技術革新とそれを支える仕組み
次に、これら国々の高生産性を支える技術革新とそれを支える仕組みの主なものを挙げる。
図表2:小国の技術革新と制度的支柱:6カ国の比較分析
国名 | 技術革新の特徴 | 支える仕組み・制度設計 |
---|---|---|
ルクセンブルク | 金融テック(FinTech)、デジタル決済、EU規制対応 | 柔軟な金融規制、国際税制の競争力、EUの研究資金活用 |
アイルランド | 製薬・バイオテック、IT(特にクラウド・AI) | 法人税優遇、IDA Irelandによる外資誘致、大学との産学連携 |
ノルウェー | 再生可能エネルギー、海洋技術、グリーン水素 | 国営ファンドによる研究投資、環境技術支援政策、北欧連携 |
シンガポール | スマート都市、AI、ロボティクス、バイオ医療 | 政府主導のRIE2025計画、A*STAR研究機構、外国人研究者受け入れ政策 |
デンマーク | グリーンテック、風力発電、バイオエネルギー | 国家戦略としてのグリーン成長、教育・職業訓練の統合、EU資金活用 |
スイス | 精密機械、医療機器、製薬、量子技術 | ETH Zürichなどの研究機関、連邦政府によるR&D助成、知財保護制度 |
これらの国々に共通する特徴として、以下のような要素が考えられる。
- 高度な人材育成と教育制度
人的資本の質が極めて高い。特にSTEM分野や語学力、論理的思考力に優れた人材が多く、グローバル企業のニーズに応えられる。教育制度は単なる知識伝達ではなく、創造性・問題解決能力・国際感覚を育む設計となっている。たとえば、フィンランドやデンマークでは、義務教育段階からプロジェクトベースの学習が導入されており、単なる暗記型教育から脱却している。これは、将来的な労働生産性に直結する。
外資や高度外国人材も積極的に受け入れており、アイルランドやシンガポールは、外国企業や研究者に対して税制・ビザ・インフラ面で優遇措置を設けている。
- 政策的な選択と制度設計
法人税の優遇(アイルランド)、金融規制の柔軟性(ルクセンブルク)、イノベーション支援(スイス)など、国家戦略として特定産業を育成している。これにより、国内市場の小ささを補う外需主導型の経済構造が構築されている。また、シンガポールは都市国家として、物流・金融・ITインフラを徹底的に整備し、国際企業のアジア拠点としての地位を確立している。
- 国際経済への積極的な統合
EU加盟やFTA締結、外国企業誘致などを通じて、外需を取り込む体制が整っている。特にアイルランドは、実態上の英語圏でありつつEU加盟国という地政学的優位性を活かし、GoogleやPfizerなどの多国籍企業を誘致している。
EUや国際機関の資金活用も進んでおり、ルクセンブルク・アイルランド・デンマークは、EUのHorizon Europeなどの研究助成を積極的に活用している。
- 産学官連携の強化
大学・研究機関と企業・政府が連携し、技術の社会実装を加速させている。スイスのETH Zürich、シンガポールのA*STARが代表例だ。技術の商業化をスムーズに進めることにもつながっている。
- 労働の質と効率性
長時間労働ではなく、短時間で高付加価値を生む働き方が定着している。ワークライフバランスの重視が、逆に生産性向上に寄与している。これは、労働者の健康・創造性・定着率を高め、企業の競争力を底上げする。
③ 日本への示唆──地方都市の可能性
日本は人口規模こそ大きいが、地方や中小企業の生産性には課題が多い。生産性の低さが数十年も続いており、開業率の低さや中小企業の研究開発の実態も依然として厳しい状況が続いている。この状態で人口が急減していくため、「極東の小国」に逆戻りすることはほぼ確定している。
これまで日本全体を一国として捉えて論を進めてきたが、地方都市という単位でみると、今回の小国のやり方が「小さくても強い経済」を構築するヒントになるのではないかと考えられる。
たとえば、静岡県が「健康長寿」をテーマに、医療・食品・観光を融合した産業クラスターを形成することは、スイスの「精密医療×観光」モデルに通じる。仙台が製造業と大学研究機関を連携させ、地域発の技術革新を進めることも、スイスやデンマークの事例と親和性が高い。
地方都市の特定分野に民間資本も含めて集中投資し、教育・インフラ・税制を整備することで、地域単位の高生産性モデルを目指すことができる。これは、人口減少社会における「選択と集中」の戦略として極めて合理的である。人口規模に依存しない経済を地域単位で実現し、その集合体としての日本経済を作るというやり方は、これから広く薄くなっていく人口構造を転換していく方法として進めやすいのではないだろうか。
まとめ──人口規模に依存しない経済設計へ
急激な人口減少は避けられないが、急激といってもそれが明日来るわけではない。人口が1億人を切るまでおよそ25年、5千万人を切るまで80年。それまでの間に、日本経済の構造を今回紹介したような高い生産性を誇る小国のように作り替えることは必須である。そして、経済構造の作り替えの時間は、DXやAIの活用を全国津々浦々で推進することさえできれば十分に残っていると言えよう。
日本の課題は技術革新というよりは、制度設計・人材育成・国際統合といった、大きな社会的合意を必要とする構造変化を推進できるかどうかにかかっているのかもしれない。これらの動きをドライブする経済(民間企業個社の観点では「ビジネス」)主体は多数の民間企業であるため、やはり民間企業が積極的に技術革新で売上を伸ばしに行く集団行動が重要と考えられる。
次回の記事では、「【戦略④】海外への資金流出を減らして国内の生産を増やす」について検証する。
[1] 名目GDP実績=内閣府「国民経済計算」
[2] 総務省「労働力調査」
監修:一般社団法人人口減少対策総合研究所理事長 河合雅司
執筆協力:株式会社Revitalize取締役兼CBO 増山達也・CFO 木村悦久、小村乃子
