#12 とにかく生産性を向上させればよいのか? – 日本経済復活のための5つの戦略〈1〉

前回の記事では、ゴールドマン・サックス・グローバル投資調査部「グローバル・ペーパー 2075年への道筋」および国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」に基づき、日本の人口減少による経済の停滞は今後数十年から100年続き、世界経済における地位が下がっていく可能性があることを示した。
この長期縮小に立ち向かうためには、①とにかく生産性を上げ続けるのか、②全国で新規事業を立ち上げて売上を伸ばし続けるのか、③革新的な技術で人口に頼らない経済の仕組みをつくるのか、④海外への資金流出を減らして国内の生産を増やすのか、⑤海外市場の成長を自社の成長につなげるのかなどの戦略が考えられる。本記事では、まず戦略①「とにかく生産性を上げ続ける」に焦点を当てて、その有効性を検証する。
【戦略①】とにかく生産性を上げ続けることは有効か?
生産性の向上は、DXやAIの社会実装を進める根拠として有力な戦略のひとつである。しかし、それだけで縮小していく日本経済に抗うことができるのか、慎重に考える必要がある。そこでまず、生産性とは何かを改めて確認しておきたい。
生産性とは?
そもそも生産性とは、限られた資源でどれだけ効率よくモノやサービスを生み出しているかを示す指標である。資源の投入量を分母、生み出された価値(産出量)を分子とした割合で表される。
では次に、労働生産性の定義を整理しておこう。労働生産性とは、投入した労働量に対する産出量の割合であり、OECDでは以下の2つを労働生産性の指標としている。
- 一人当たり労働生産性 = GDP ÷ 就業者数
- 時間当たり労働生産性 = GDP ÷ (就業者数 × 労働時間)
これにより、1人の就業者が1年間にどれだけの付加価値を生み出したか、または1時間の労働でどれだけの価値を創出したかが分かる。
日本の労働生産性の現状と課題
以上を踏まえて、ここでは①労働生産性の推移、②労働生産性の国際比較、③労働人口の減少予測に着目し、生産性はどこまで上がるのかについて考察する。
① 労働生産性の推移
まず、日本の生産性の現状を把握するために、日本の労働生産性の推移について見てみよう。図表1はOECD統計データに基づき作成した、日本の就業者一人当たりGDP(青・左軸)と労働時間当たりGDP(黒・右軸)の推移である。参考までに豊かさの目安となる日本の一人当たりGDP(緑・左軸)も表示した。
図表1:就業者一人当たり名目GDP・労働時間当たり名目GDP・日本の一人当たり名目GDP

これによると、就業者一人当たりGDP(青)は1990年頃まで急速に上昇していたが、バブル崩壊を境に勢いを失い、1997年に初めて800万円を超えたものの、以降の2023年までは概ね横ばいが続いている。
一方で、労働時間当たりGDP(黒)は2010年代前半から緩やかに上昇し、2023年には約5,000円に達した。就業者一人当たりGDPが停滞する中で、労働時間当たりGDPが伸びている背景には、企業によるQCD(品質・コスト・納期)やカイゼンの取り組み、DXやAIといった施策の導入に加え、働き方改革によって労働時間が減ったことも影響していると考えられる。
② 労働生産性の国際比較
国際的に見るとどうだろうか。図表2は先と同様にOECD統計データに基づき作成した、日本と他の先進国における就業者一人当たりGDPの比較である。
図表2:労働生産性の国際比較(就業者一人当たりGDP)
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日本の就業者一人当たりGDPは1990年代まで先進各国と大差がなかったが、その後20年の間に大きく引き離されていることが分かる。とてもGDP世界第3位の国とは思えない状況ではないだろうか。
続く図表3は、時間単価で比較したものである。
図表3:労働生産性の国際比較(労働時間当たりGDP)
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労働時間当たりGDPで見てみても、日本の労働生産性の低さが目立つ。これから労働人口が本格的に減少していく中では大幅な生産性向上が不可欠だが、これまでの生産性向上の緩慢さや、先進各国に置いて行かれている現状を見ると、心許ない状況と言わざるを得ない。
③ 労働人口の減少予測
そして日本の労働人口は近年急激な減少局面を迎えている。図表4の国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(出生低位・死亡高位)に基づき「日本の労働人口の減少予測」を見ると、日本の労働人口は現在の約7000万人から2050年には5000万人、2100年には2200万人へと減り、1/3以下になると予測されている。
図表4:日本の労働人口の減少予測

今後は人口減少と労働時間の縮小により、分母の「労働力」と「総労働時間」はさらに減っていく。一見、生産性は上がっているように見えても、それは働く人や時間が減っていることによる見かけ上の数値に過ぎず、実際に産出される価値=GDPは増えていない。
仮に労働人口が2200万人にまで縮小した場合、今のGDP(約600兆円)を維持するには、生産性を3倍以上に高める必要がある。しかし図表1の通り、これまでの30年を見れば、企業努力による改善、いわゆる「乾いたぞうきんを絞る」ような発想には限界があることが明らかである。
生産性はどこまで上がるのか?
では、こうした過去の実績を踏まえたうえで、今後どこまで生産性を高めることができるのか、将来の推計を試みたい。
生産性は2100年でも1.2倍にとどまる
図表5は、OECD統計データに基づき、就業者一人当たりGDPが初めて800万円を超えた1997年から2023年までの26年間の平均成長率(年率0.28%)を用いて、2100年までの労働生産性を推計したものである。
図表5:労働生産性の伸びの推移

この年平均成長率が続くと仮定した場合(つまり現状維持ペースでこのまま停滞した場合)、2100年の就業者一人当たり労働生産性は1,074万円であり、2023年の863万円の約1.2倍にしかならない。
一方で前述の通り、労働人口が今後2200万人まで減る中でGDPを維持するには、生産性を現状の3倍以上に高める必要がある。残る1.8倍分をDXやAIで補えるかが課題となるが、この26年間もICTの導入推進は日本全国で進められてきており、AIの波が来たからと言って大幅に伸びることは想像し難い。社会全体の生産性が上がってこなかったのは、テクノロジーの問題ではなく、それを受け入れる側に原因があると考えられるからである。
すなわち、既存事業の生産性の向上を図るたけでは、縮小していく日本経済に抗うことはできないということだ。今後は総労働時間を削る努力ではなく、GDPそのものを増やす戦略がより重要になるであろう。
まとめ
結論として、日本の労働生産性は、過去30年近く横ばいが続き、先進国との差も広がっていることが分かった。今後、労働人口が大きく減る中で生産性の向上は不可欠だが、現状の延長では2100年でも1.2倍程度にとどまる見込みである。DXやAIにより残りの1.8倍分を補えるかは不透明であり、技術の導入だけでなく、それを活かす社会全体の受け入れ体制が問われる。今後は、既存事業の生産性の向上の限界を見据えて、売上拡大や新市場の創出も含めた複合的な戦略が必要となる。
次回の記事では、「【戦略②】全国で新規事業を立ち上げて売上を伸ばし続ける」について検証していきたい。
監修:一般社団法人人口減少対策総合研究所理事長 河合雅司
執筆協力:株式会社Revitalize取締役兼CBP 増山達也・CFO 木村悦久、小村乃子
